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2006年12月18日 (月)

人形

幼い頃の私は、おままごとやお人形遊びなどしない子供だった。
友人に無理やり [リカチャン人形] を持たされた挙句、台詞まで決められた 『強制的お人形遊び』 の記憶が、ますます人形遊び嫌いに拍車をかけたのだと未だに思う。

そんな私が心をときめかせていた遊び。
それは 『探検』 だ。
緩やかに続く階段などには目もくれず、隣にそびえる崖をよじ登り、自分の背丈ほどある草を掻き分けフェンスを乗り越える。
2週間で靴を履き潰すほどの探検により、全身傷だらけという日々を送っていた。
普通の大人なら絶対に足を踏み入れる事もないような、斜面の森。

そんな場所を探し出し、友人達と秘密基地を造るのも楽しみだった。
しかし子供の考える事は大体同じらしく、そんな場所にはすでに秘密基地が密集し、秘密の感じなど全くない状態になっていた。
そして新たな場所を求め、また探検が始まるのである。

そのような、あまり人が来ない場所には必ず投棄された様々な物が山のようにあった。
自転車や三輪車、洗濯機、テレビ、名前の消された×印の目立つテスト、ゴムのところに名前が書かれてあるパンツ・・その他もろもろ。
そんな中で一番印象に残っているのは、ある夏の日に見つけた 『藁人形』 である。
そしてその胸元には、血で書かれた呪いの文章が打ち付けられていたのだ。

・・・いや、ちゃんと説明するならそれは 「藁人形」 に似せて造られた 「草人形」 だった。 
そして、胸に打ち付けられていた紙には 「血文字」 ではなく 「赤マジック」 で書かれた文字。
しかし、幼い私達には相当不気味な物である事に変わりなく、その日の探検は早々に切り上げたのである。

『これを見し うら若き乙女は 必ず20歳までに死を迎えよう・・・』

あれから月日は流れ、草人形に怯えた うら若き乙女 はもう居ない。
あの日の私が、今ここに居る私を見たら何て言うだろう。
まぁ、いろいろと文句もあるだろうが、元気に生きているだけで良しとしてもらおう。

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