« タマキさん | トップページ | きつね »

2007年1月16日 (火)

悲しい鶯

「もう二度と、こんな物買って来るなっっ!」
ワナワナと震えていた父が、カッと目を見開きそう怒鳴ったのは、忘れもしない、私が小学2年生だった、ある日曜日の事だ。
いつの頃からか私の家では、休みの日の夕方は、家族揃ってお茶を飲みながら菓子をつまむという、習慣のようなものがあった。
そしてその日も例に漏れず、皆でのんびりと過ごしていた。

本当に穏やかな時間だったのだが、それを一変させたのは、まだ幼かった弟である。
彼は小さな指でつまみ上げた、その日のおやつ 『鶯ボール』 を、そーっと父の顔の横に並べ、無邪気な笑顔で言ったのだ。

「お父さんに、ソックリー!」
・・・全てが止まった。
その凍てつく空気を打ち破ったのが、冒頭にある父の怒鳴り声である。
父は母を睨みつけ、

「これ、捨てとけっっ!」
と、また怒鳴った。
完璧な、八つ当たりだ。
そう言われた母は、黙って台所のゴミ箱へ向かい、鶯ボールを捨てる振りをし、食器棚の奥へコッソリ隠した。
そして、家を飛び出す怒りに満ちた背中を見送った後、皆で美味しく食べたのだった。
その日を境に、我が家から鶯ボールが消えたのである。

あの頃の父は、日に日に寂しくなる頭を気にしていた。
まだ30代前半だった事を考えると、無理もない。
そんな心の傷に、いくら可愛い息子とは言え、触れる事は許せなかったのだろう。
そんな父だったが、今では自分の頭をかなり気に入っているらしく、短く刈りあげ、ご満悦だ。
その上、 「かみそりで剃ってもエェか?」 などと言い出し、母を呆れさせている。
そして、薄くなった頭を気にし、帽子で隠す友人に、
「何で隠すねん。 そんなん気にするなんて、ちっさい男やなぁ。」 
なんて言葉まで、吐けるようになったのだ。
私達から鶯ボールを奪ったあの頃とは、えらい違いである。

もう鶯ボールを家に連れ帰っても、文句は言われまい。

だが、そう思った矢先に父の病気が発覚し、母の手により家から菓子類が撤去されたのだ。

鶯ボールは、未だ我が家の敷居を跨げずにいる。

|

« タマキさん | トップページ | きつね »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/192149/4959479

この記事へのトラックバック一覧です: 悲しい鶯:

« タマキさん | トップページ | きつね »